FC2ブログ

記事一覧

姉の死

それは四ツ木で[ゑびす]を堪能して、楽しんだ月曜から火曜に変わっている深夜。
たまった記事を書こうと画像を縮小したりしていると、充電中のスマホがぶるぶる震えている。
タイマーかな、なんだろうと(ほとんど電話がかかって来ない我が携帯なので)取ってみると義兄からの電話である。
実は自分には実家というものがもうなく、姉の嫁いだオリーブの島に、姉夫婦ともう自分がだれかわからない実母がいて、父の葬儀もした、となると、ここがカギカッコつきの「実家」となる。
でで、なんだというのかというと、電話の義兄が慟哭していてよくわからない(もともと方言などでよくわからないが・笑)。
よく聞くと、姉が乳がんで入院したが、もう見はなされて退院。自宅療養していたが、急変したのでまた病院に今連れてきた、という。
「励ましてやってくれ」というが、受話器の先の姉からは全力走をしたあとのように「はあはあ」としか聞こえず、かろうじて一言何か言ったようだが、今は覚えていない。「もうしゃべらんでええ」とさえぎり、再び義兄にこのあとどうなるのか、どれだけ持つのか、と聞くとわからないという。
初めはクリスマス近くに見舞いにと思ったが、そこまでは持たなそうなので、水曜に行くと伝える。
この段階では自分ひとりで行く予定だった。
しかし火曜に仕事に向かう途中、「今亡くなりました」と今度は落ち着いた声が聞こえた。
家族にもアルバイトなどをやめてもらい、自分も休みの調整をして、揃って行くことにした。
電話があった日も、死んだと判った日も、何も手に着かず、あわせて4本のブログ記事をアップした。この記事を作っている間だけが、気を紛らわせる時間だった。ほんと、ブログって有難い。
イメージ 1
新幹線で岡山に行き、
そこからフェリーで渡る
イメージ 2
ここはいま、うまく書けないのだが、悲しくはないのだ。
親父がなくなったときも涙なく、この島の独自な風習の葬式を興味深く見ていた。
だから今回も、溜息ばかりで、島に向かった。
これもまた、詳しくは書けないのだが、数年前から姉とは断絶状態で、ほぼ縁を切った関係で、島に行くのも4年ぶりぐらいだ。
だから、闘病中もこちらに電話してこなかったのだろう。
生きているうちに、もう一度話したかったなあ、とも思うが、弱ったはなしを聞くのも辛いなあとも思う。
イメージ 3
結婚式のときは、「瀬戸の花嫁」を女子校の友達が歌っていたなあ~。
イメージ 4
こんな景色が葬儀場の前に広がる。
葬儀場や祭壇の画像はカットね(笑)。
 
もう少し優しくしてあげたらよかったなあ~、ひどいことを言ったな~とか、晩年会社の経営難で苦労したので安らかだろうなあ~とか、そんな思いで遺体や遺影を見ていた。
ずっとあんたのあとをついて回った幼児時代以降、サザエ的に弟を先導してもらったが、いつかあんたの年齢を越えるぜ、と誓った。
連れあいや娘は元気だったころの姉しか知らないから、激しく泣いていたが。
 
この島は通夜はご詠歌をおばさん3人が語る。初七日もそうだ。葬儀のときだけ僧侶が来るが、真言宗の読経で、見たことのないしぐさなどを興味深く見る。
通夜の後の飲み会などや義妹の話などから、痛みがあっても病院に行かず(病院嫌いの家系である)無理やり連れて行ったときにはもう手遅れだったらしい。
義妹からは「覚悟した。思い残すことは何もない」と聞いたし、別の親戚(かな)からは「まだ死にたくない、と言っていたと聞いた。どちらも、本音だろう。
ただ、生前ずっと姉に大声でどなられ、罵倒され続けてきた義兄が「愛している」とか「焼きたくない」とかを繰り返しているのを聞き、他人からはうかがい知れない夫婦の愛があるのだろうな、と思った。
 
葬儀中の風習としては、喪主の妻が白装束の着物を着て、棺の前を走り去るとか、焼き場の入口で棺桶を抱えたまま遺影や位牌を持った人たちが何周も回るとか(わら草履をはいて頭に三角をつけて)とかがある。
自分は棺桶の上にたらす棒、というのかなそれを持つ役だった。
娘に「スマホで撮ってくれ」と頼んでいたが、人混みで撮れなかったと言っていた。
さすがに、棺桶が焼却炉に入るときは、熱いだろうなあ~とか、義兄がつらいだろうな~と思い、嗚咽が止まらなかった。
 
イメージ 5
イメージ 6
当然、島と岡山を結ぶフェリーの食堂はさぬきうどん(のようなもの)だな。
関西の味のつゆは久しぶりね。
イメージ 7
と言うわけで、久しぶりの「家族旅行」はこうして、幕を閉じたのだった。
スポンサーサイト



コメント

No title

りのさま。
ありがとうございます。
自分は平気ですが、義兄は秋に父親を亡くして、立て続けですわ。子どもはいないし、広い家に私の母と暮らしています。
いいことばかりを思い出して行こうと思っています。

No title

お姉様のご冥福をお祈りいたします。

幸いわたしは親兄弟とも健在ですがいつまでも続くことはないですもんね。帰省の連絡してなかったのを思い出しあわてて連絡しました。

No title

そうだったのですね。。。

心よりお悔やみ申し上げます。

No title

メタボリさま。
ありがとうございます。
いつまでも続かないですねえ~。
まあ、逆縁でなければまだいいのですが。

生きているうちですからね、話せるのは。

No title

miyaさま。
ありがとうございます。

まあ、久しぶりのお出かけだったのでそこはよかったのですが。

No title

心より、お姉さまのご冥福をお祈り致します。

大変だったですね。悲しみは残りますけどひさびさのお出かけは、お姉さまからのプレゼントなのかもしれませんね。

No title

レーンさま。
ありがとうございます。
こう言うと、あれなんですが、悲しくはないのです。
ただ、残された義兄が今は心配です。再婚を勧めてはいるのですが。

No title

お疲れ様でした!
当方も実兄を亡くしてますんで、お気持ちをお察しいたします。

改めて、御姉様の御冥福をお祈りいたします。

No title

ノブさま。
ありがとうございます。
そういう世代なんですよねぇ。
生きてることを感謝して、また飲みにいきますわ。

No title

ご愁傷様でした。肉親ですからね。
いつまでも心はつながっていると思います。ご冥福をお祈りいたします。

No title

先ほどは誤字脱字で削除いたしました。申し訳ございません

ご家族とご一緒と伺って安心し、呑み記事に癒されていました。前記事に気づかずに…
みなさまおさびしいことと思います。心からお悔やみ申し上げます。

No title

かりんとうさま。
ありがとうございます。
ご無沙汰じゃあありませんか。
慰めるために(笑)、今度また飲んでくださいね。

No title

みいすけさま。
ありがとうございます。
54は早いかな、と思います。
死ぬということは、好きなSMAPのその後を見ることが出来ないのだな~と思います。

No title

54歳ですか。
まだ 早いですよね。
残されたご家族 つらいですよね…。
ご冥福をお祈りいたします。

No title

yoyoさま。
ありがとうございます。
ご無沙汰しております。
義兄は兄弟はいますが両親も子もおらず、姉の肉親も自分と、娘の死を判らぬ母だけですから、まあ悲しむ遺族は少ないですね。
ただ、色々キャラの強い人でしたから、残念がる人は島に多いようです。

No title

ナイショさま。
ありがとうございます。
そして、ご無沙汰しています。
いえ、嫌だったことは死とともに流れてしまいましたから、大丈夫です。
というより、離れていましたから、連絡がなければそのまま存命と思いますよね。
色々思い出しながら暮らして行きます。

No title

お姉様残念です、御愁傷様です。

親の介護、病歴、年齢とかぶるところが多々ありますがやはり一番気がかりは義のお兄さんですよね。
今は色々な介護サービスが受けられます。
こちらが申請しないと向こうからはやってきてはくれないので是非王子さんが調べて教えて差し上げてくださいませ。
(余計な事でしたらすみません)

No title

月灯小夜子さま。
ありがとうございます。
病名を聞いた時、真っ先に思い浮かべたのは小夜子さんのことでした。

まあ、都会ではなく、島なので、顔見知りや妹が身近にたくさんいるので、何とかなると思います。一人でいろいろできる人です。
母には毎日のように、ヘルパーさんがきています。

それでも、やもめ暮らしはなにかと大変ですから、気にかけてみます。

No title

心よりお悔やみ申し上げます。

乳がんというのはリンパに近いため、リンパ転移を起こしやすく、リンパに転移したらあっという間に全身に広がっていく恐ろしい病気です。なので、お姉さまもお辛かったかと思います。

ご冥福をお祈りいたします。

No title

ロッキーさま。
ありがとうございます。
この数ヶ月前から、自分もおっぱいのあたりが痛いので、姉の痛みが伝播したのかもしれません。なくなってから、少しましになりましたが。
とりあえず、神経を和らげる薬をもらっています。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

王子の狐

Author:王子の狐
Yahoo!からの引っ越しです。
現在は東京・神奈川での飲み食いの記事中心。
昼は人形町、夜はあちこちに出没しています。

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ